良い夜を待っている

読んだ本の感想など。最近はPodcastで配信しています。

“良い夜を待っている”

『イエスの幼子時代』J・M・クッツェー

 

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キリスト教を基底としての寓話・・・というのは正直私の知識不足もあってよくわからなかったけど、するする読める反面、大いなるもやもやが残る作品だった。
この作品内で描かれる世界はパッと見、狂ってると思いきや、実はいまの日本社会と大差ないというか、悪意がほとんどない分、このノビージャという世界のほうがよっぽど害もない。無味乾燥で情熱もないし、これが一種のディストピアだというのはわかるけれど、果たして本当にこれはディストピアなのだろうか。
いまの日本の現実のほうがもっとディストピアだ。

 

日本の、「想い」が伝わる無駄作業大好き〜!「手」作り至上主義なところとすごく似ているなと思ったのは、無駄に荷下ろしを人海戦術で行って、その理由を精神論で片付けるあたり。被災地への千羽鶴とかを思い出して苦笑いのち真顔になる。

 

子供の描かれ方もニュートラルな感じ、悪くいうと一歩引いてとても淡白で、でもそこが逆に好印象。私があまり子供のことがわかっていないのもあるが、子供に対する描かれ方が過剰なまでの愛で包んだり、神格化された描写だったりするとげんなりする。確かにそういう部分もあるんだろうが、基本的に子供は「しゃべるどうぶつ」だと思っているので。(これは子供を貶めているわけではなく、知能があり意思疎通ができるが理性はまだあまり働かず本能より、な点がどうぶつだなと思っているので。人間に限らずどうぶつは大切だ、もちろん)
本作品ではそういうところがなくてとても良かった。

 

なんでなんで攻撃をぶちかます「子供」のダビードに対してここまで真摯に回答できる、「大人」シモンがすごい。というか、ダビードがイエスの幼子時代ならばシモンはイエスの中年時代なのではというくらい、シモンの物事に対する姿勢や解説の仕方に徳を感じてしまった。この問答が読めただけでもこの本読んで良かったなと思う。

 

続編出るみたいだけどどうなのだろう。ダビードがおとなになった姿がシモンでしたっていうSF設定だったらどうしよ。どうもしないが。いずれにせよ楽しみ。

 

 

わたしに言わせれば、どこまでいっても癒えないこの不満、なにかが足りない、“もっとなにか” 欲しい、と求めてやまない思考法こそが、わたしたちの捨て去るべきものなんです。足りないものなんてなにもないんですよ。なにもないのにあなたは足りないと思っていますが、それは幻なんです。

p.86

 

イエスの幼子時代

イエスの幼子時代