ロシア・シンボリスト詩人、ブリューソフの散文作品集。
そもそもシンボリズムが何なのかイマイチわかっていないが、わかっていなくても十分に楽しめた。この作品集は全編通して一般的には二項対立するとされるもの、例えば「虚像」と「現像」、「夢」と「現」、「愛」と「憎」のはざまの曖昧さ、危うさをテーマにしている。
その類の作品はこれまでにもたくさん読んできていて、大好きなのだが、ロシアのものでそういった作品は(多分)読んでこなかったのでとても新鮮。
雰囲気は常に薄暗さと肌寒さがあって、初冬のやや風が強い日、といった感じ。
「夢」を題材にした作品は、私はあんまり得意ではなくて(だって他人の夢の話ってあんまりおもしろくないんだもん)ボルヘスもタブッキも大好きな作家だけれど、夢系のものは好きではない。でもこの作品集に収められている夢系の作品(「塔の上」「いま、わたしが目ざめたとき・・・・・・」など)は存外楽しめた。おそらく「夢〜!いろいろできて楽しいよね〜!夢だ〜いすき(完)」というより、「これが現実だったらどうしよう」と常に怯えているのが良かったのだと思う。「夢」と「現」の境目が曖昧になることはあっても、それぞれが個として描かれていてお互い恐れあっている図式なので、夢サイコー!ずっと夢見てたいよね☆という態度ではないのが好感度高かった。いや、夢サイコー!感はあってもめちゃくちゃに拷問したりする夢サイコー!この背徳感もサイコー!という感じなので。
夢系にもモザイク柄、格子柄と描かれ方は様々あるが、ブリューソフは濃淡がハッキリめのグラデーション調といったところだろうか。
表題作「南十字星共和国」はとりわけ面白かった!
娯楽も贅沢品も芸術もふんだんに配給され、労働時間もわずかで一見幸福そうに見える「南十字星共和国」。その実、厳格な国家の支配下にあり徹底した管理体制を敷かれていたこの国で、あるとき「撞着狂」という病気が蔓延し、パンデミックに陥る。
この病気は「つねに自分の欲望に矛盾した行いをする」というもの。「イエス」と言いたいのに「ノー」と言ってしまうことから始まり、医師は患者を殺してしまう薬を処方、保母は41人の児童の喉をかっ切る、オペラの劇場では喝采の代わりに歌手たちを殴打、といった有りさまで「星の都」と呼ばれた都市はみるみるうちに壊滅していく。その「矛盾」が行き着く先はぜひ皆さんも読んでみていただきたい。ディストピアものが好きな人も楽しめるんじゃないかな。
鏡の中の自分と現実の自分が貶め合う「鏡の中」、三姉妹とひとりの夫の情愛がグロテスクな「姉妹」も好き。
ロシアの作品の中でも、ブリューソフは良い意味でわかりやすい作品だと思う。オチが見えている安心感もあるし、前述した「図式」があるので比較的とっつきやすいロシア文学ではないだろうか。ただ、私が比較しているロシア文学がソローキン、ブルガーコフ、ドストエフスキー、ペレーヴィン、ソコロフあたりなので、あてにならない。チェーホフとかのほうが読みやすいのかもしれない(読んだことない)。
重厚感!宗教観!美少年!(ドストエフスキー)森の中でうんこ!気持ちいいね!(ソローキン)一行も理解できない(ソコロフ)とかいうタイプの作品ではないのでどなたでも楽しめると思う、ぜひ。