“良い夜を待っている”

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』SFマガジン編集部

 

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発売が決定してからずっとずっと楽しみにしていたアンソロジー。愛してやまない『天冥の標』の著者、小川一水も参加となれば買うしかない!!ということで、SFマガジンの百合特集から助走をつけてきた身としては、本当に発売が嬉しかった。

そもそもジャンルとしての百合にさほど造詣が深いわけでもなく、ニワカがすみませんという気持ちでいっぱいだが、「女×女×感情×∞」的な物語は、やっぱり好きだ。それにもともと大好きなSFが加わったら、大好きに決まっている。好きなものがカテゴライズされて輪郭を与えられてくること、好きなものにアクセスしやすくなるのは嬉しいことだ。その反面、枠のせいでそれを遠ざけてしまう人もいるかも知れない。でもそれはどのジャンルにも言えることなのだろうな。このアンソロジーは百合SFとして売られているけれど、その枠を取っ払ったとしても、まえがきにあるように「人間と世界の関係性、人が人に向ける感情についての切実さ」を描いた作品群は本当に素晴らしいので、百合もSFも苦手だなと思っても、まあ騙されたと思って手にとって見てほしい。きっとひとつくらいは気にいる作品がある、といいな。

 

本当に全部全部好きなので、ひとつひとつ、短く感想を。

※ややネタバレありです!

 

・「キミノスケープ」宮澤伊織
二人称で語られる、「あなた」以外は誰もいなくなった街でのお話。ごく小さな印が残す自分以外の存在、「あなた」だけがその実在を信じて進み続ける、不在の百合。孤独と向き合いながら歩き続ける「あなた」が、いつか誰かと出会うことを願いつづける切なさに胸を締め付けられる。
裏世界ピクニック』の賑やかさとは対局の、とても穏やかで静かな作品。誰かを思う気持ちを相手が不在のまま描ききるのはさすが、百合で人間になっただけのことはあるなという感じ。『そいねドリーマー』も読まなくては!

 

・「四十九日恋文」森田季節
死者と四十九日の間だけ、全四十九文字だけ携帯でやりとりができる世界で、彼女が亡くなった恋人と最後の日まで交わし続ける言葉は、短歌の形をとっている。たった31文字に込められるのは何気ない日常だったり、そっちの生活はどう?と尋ねる会話だったり。お互いを思いやる気持ちを、照れくささと溢れてしまう愛情がないまぜになった短歌で表しているバランス感覚が絶妙。こういう、語りすぎても語らなすぎても伝わらない感情を伝えるのに31文字は最適解なのかもしれない。
使える文字数は一日ごとに減っていって、最後の日に使えるのは1文字だけ。だんだん少なくなっていく文字数が、現世から遠ざかってゆく相手との距離感のようで、ごうごう泣いてしまった。ほんのり明るく照らされたラストもすごく良かった。

 

・「ピロウトーク今井哲也
唯一の漫画作品。一番短いページ数で、しかも漫画で、なのに感情量(なに?)がすごい。自身の足りないピースを埋めてくれるような存在だったかけがえのない恋人(とある宇宙ではそれは枕の形をしていた)を探してさまよう先輩と、それに付き合う女の子のお話。ハッピーエンドではないけれど、ハッピーを予感させるラストも◎。

 

・「幽世知能」草野原々
他者を理解する・したいと思うのは、本当はとてつもなく暴力的なことなのだろう。なのに私達はいつだってそうしたいと願ってしまう、特に好きな人に対しては。そしてそれは恐怖を伴うものだ。どうしたって完全にはできない「理解」を期待や憶測や曖昧な同意やなんかでごまかし続けるしかない、少なくともこの世では。理解とは「わたし」と「あなた」の断絶がなくなること。でもそれって幸せなんだろうか・・・?
ネットでの草野さんのイメージとはだいぶ異なって(もっとハチャメチャで突き抜けた印象があった)哲学的なテーマを日本ホラーの世界に落とし込んだような作品。ゲンゲンの描く「暴力」、好きだな〜。

 

 

「怖いんだよ・・・・・・。理解するのが。他者がなにを感じているのか。あたしじゃないってことがどういうことが、わかってしまうのが、怖い!」
「だめよ。許さない。孤独に逃げるなんて。ひとりぼっちに安住するなんて。絶対に許さないから」
p.102-103

 

・「彼岸花」伴名練
ゴシック・吸血鬼・百合・お姉さま!と刺さる人には刺さりまくる設定てんこ盛りの作品。美しい文体と往復書簡の形がグッと来る。白く細い指が撫でる日記帳、彼岸花の緋色、唇に垂れてゆく真紅の糸、なんて、その美しさに両目を焼かれて失明した。

私はこの方の名前も何も知らなかったのだけど、短編集がもうすぐ出るみたいで、ぜひ読んでみたい!

 

・「月と怪物」南木義隆
著者の南木さんはツイッターでだいぶ前からフォローしていて、彼が大学受験に四苦八苦しているころが一番記憶に残っている。百合好きの苦学生が東京に出てきて、頑張っているのだなと遠目で見ていたが、こんなところでお会いするとは!という感じ。びっくりした。小説を書いているのは知っていたけど、「ソ連百合」が話題になっているのも知らなかったし、本当に寝耳に水。しかし嬉しいことだ!南木さんのこれからがとても楽しみ。
戦時下のソ連を舞台に、共感覚があるゆえに実験体とされ心身ともに壊されてしまった姉と上官との恋愛、が主軸にあるが後半の主役は影の薄かった妹となる転換も一捻りあってよかった。物哀しい余韻を残すラストもすごく好き。ラストのこの一文がたまらない。

 

 

姉さん、義姉さん、今年のスミミザクラは真っ赤に色づいて、なかなかいい出来ですよ。
p.199

 

・「海の双翼」櫻木みわ×麦原遼
本アンソロジーの中で一番好きな作品。雨の日に落ちてきた異郷の鳥人「海」と、彼女の言葉を解したいと願う作家「葵」、そして作家を支える知能ある人形「硲(はざま)」。
「海」は鳥人と称されていて、目も鳥のように瞬膜があると描かれているが、私のイメージとしては天使。天使と言っても聖性あらたかなものではなくて、もっと「生き物」として臭気も放てば腐りもするようなもの。山尾悠子の『夢の棲む街』に出てくる、羽根同士が癒着して蠢く天使とか、ガルシア=マルケスの『大きな翼のある、ひどく年取った男』に出てくる老いぼれた天使のような。なぜそんなイメージになったかというと、羽の描写がとても生々しいから。硲が最初に海を見つけたとき、感染症を気にするほどに。
海の翼は光を発し、言葉を織る。一方、葵は皮膚に貼り付けられた「鱗晶」というもので情報収集や生体管理を行っている。翼の放つ柔らかな色とりどりの模様と、鱗晶の放つキラキラした硬質な光、その対比もとても美しい。翼が織りなす彼方の言葉を知りたい、と思う葵の気持ちはやがて愛に変わり、海もそれに答えたいと願う。葵により生み出され、長年葵に付き従ってきた硲としてはそれが面白くない。葵の役に立ちたいと願う海の願いを聞いた硲はあるアイデアを思いつき、、というのがあらすじ。
語り手の視点はふたつ。「硲」視点と「葵」視点が交互にあらわれる。「海」の視点は不在で、硲と葵の視点からでしか海のことを知りえないというのも、彼女が話す言語が理解し得ないという設定と共鳴しているし、三人の関係性を浮かび上がらせるのにも「葵」⇔「海」ではなく「葵」←「硲」を選んだというところが、巧の技・・・。いやもう本当に素晴らしすぎて、これだけで単行本にしても良いのでは!?と思うほど。
違和と書き、「ロス」と読ませるのにも心臓を一突きされて絶命した。
百合とかSFとか関係なく全人類に読んでもらいたい。

 

・「色のない緑」陸秋槎
元年春之祭』を読みたい読みたいと思っていたのにタイミングを逃し続けてこちらが初の陸秋槎作品となった。こちらも「海の双翼」と同じく「言葉」がテーマだけれど、前者とは全く違う言語学や言語生成、機械翻訳などからのアプローチ。色水のようなストレージやジャンク電子機器を売る荒廃した商業地域が出てくるあたりもサイバーパンク味があってよかったなあ。けっこう硬派な言語SFだけど、女性三人の心情が織りあわされて優しくもあり、不思議な読後感。このアンソロジー、全体的になにかの「不在」を描いているなあとここまで読んできて思う。それが愛する相手というだけではないというのが、百合というジャンルの醍醐味なのかも。

 

・「ツイスター・サイクロン・ランナウェイ」小川一水
生涯オールタイム・ベストとして棺に入れることが確定している『天冥の標』の著者、小川一水の百合をラストに持って来るのとかさぁ〜〜〜〜〜もうやめてよね〜〜〜〜〜〜(絶叫)(満面の笑み)。しかもここまで割と新人作家が多かったのに最後に重鎮を持ってきてさあ、しかもどストレートな王道百合を!絶対狙ったでしょ(何を)。
この作品は宇宙漁業百合、何を言っているかわからねえと思うが以下略、宇宙で漁業で百合なんだから仕方ない。描かれるのは男女でペア(夫婦)となり漁業を営む氏族たちの中で、「女が操縦士(ツイスタ)をやるなんて」と女であっても言ってしまうような、世界。古い因習に縛られ、男女でお見合いをし、結婚し、子を生み育てる世界。

 

 

でもテラは不満だった。この世界が狭かった。
p.404

 

そこに現れた、六歳年下の、女の子。一緒に漁をしたいという、「女のくせに」ツイスタをやりたいと言う、本当は泣き虫の女の子、ダイオード

 

 

どこか別の星へ行けるかもしれないという漠然とした希望。実際には礎柱船にそこまでの性能はないのだけれど。
性能がないどころか、生まれた星の底へと沈みつつある。これほど無意味な最期もないはずだった。
新しい別の星が、そばに来てくれるのでなければ。
とても不思議な気持ちだった。究極のどん詰まりなのに無窮に開けている。喉に刃を当てられているよりも恐ろしい事態なのに、感じたこともないほど嬉しい。
> P.404-405

 

ここで涙腺が決壊して自宅で溺死した。この作品はまさに、『アステリズムに花束を』そのものだった。

 

 

タイトルの「アステリズム(Asterism)」は星群、星ぼしの輝きの関係性を意味します。
まえがき p.6

 

船の形を変えるやり方を、「精神脱圧(デコンプレッション)」と呼ぶのは、私達の心の軛を解き放つ行為と重なる。凝り固まった形を一旦溶かして、もう一度成形する。
彼女たち、星たちが輝けるような形に。そしてその「爆光が深淵を蹴る(p.409)」のだ。輝きを覆い隠してしまう暗闇を蹴り飛ばして、彼女たち(船も、「彼女」だ)は飛んでいく。

 

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本当にどれをとっても素晴らしい作品ばかりで、本年のベスト入りは間違いないアンソロジーだった。作家の方々と、この素敵なアンソロジーを編んでくれた早川書房溝口力丸(百合丸)さんに、大きな拍手と、ハグと、花束を。

  

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)