インテリ性欲おじさんの失墜物語、と言ってしまうと自虐ギャグ漫画みたいだな。
前半はそのとおりで、ウワこんなおじさんキッツイ、キツすぎるキモい、と笑いながら読んでいたが、だんだんそのおじさんを取り巻く状況がしんどく重くなっていく。
中盤あたり、南アフリカの田舎にいる娘と、そこでの暮らしが主軸なってきてからは、近代国家/西洋の常識や正論も全然通じない。「ただそこにあるからまっとうすべき」生と、「ただそこにあって処理しなければならない死」がおじさんに否応なくのしかかる。過剰に物語性を付与された都会の生死とは全く別の生死がそこにはある。
生死が一本の同じ線上にあることは自明のことだが、どうしたってその事実は悲しみや怒りを産むので、我々はそこに物語性を見出し、なんとか自身を納得させている。
だが南アフリカではそんなことをやっている暇などない。毎日の生活ルーティーン、その中にあるのは生死を意識せざるを得ないことばかり。生死にまつわる虚飾をなくすとその一本道がとてもクリアに見渡せるのだと改めて感じた。
主人公が暮らしていた大学というアカデミックな環境で形作られた「愛」と呼ばれていたものとは全く違う姿をした「愛」を南アフリカで発見できたのは、数少ない幸せのうちのひとつなんだろう。
軽い読み口で翻訳も素晴らしく、すいすい読んでしまったけれど徐々にずっしりきて最後にはうなだれて本を閉じた。
クッツェーは『イエスの幼子時代』も読んだけれどそちらとはかなり毛色も違って、作品にすごく幅があるようだ。他の作品も読んでみたい。
- 作者: J.M.クッツェー,J.M. Coetzee,鴻巣友季子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/07/01
- メディア: 文庫
- 購入: 15人 クリック: 88回
- この商品を含むブログ (49件) を見る