良い夜を待っている

読んだ本の感想など。最近はPodcastで配信しています。

“良い夜を待っている”

2020年 読んだ本ジャンル別ベスト5冊

2020年、はじまったときはこんなことになるなんて思っても見なかった。というのがおそらく多くの人が抱く感慨だろう。私は春くらいから少し自宅勤務があっただけで、夏からはもう、全然普通に出社しており、リモートになったのは面談やら会議やらだけ。それだけでも2時間かけて本社に帰ったり、別の現場まで足を運ばなくて良くなったのはすごく助かった。もうクソ寒い山手線のホームで泣きながら1分でパンを食べて(ゆっくり食べる時間なんかないが、頭が働かないから無理やり食べてた)帰社し会議を終え、泣きながら23時に帰宅して、怒り狂った猫がおしっこした布団を風呂場で洗って、深夜に仕事のメール書いてとかの地獄を味わなくて済んだ。もっと早くからこうなるべきだった。そのきっかけは、あまり良くないことだけど。

ということで、仕事で電車に乗る時間が結構減って、読書の時間も減ってしまった気がする。家に居られるのだから読書時間が増えると思ったら大間違いだ。休み慣れてない上に根が怠惰なので3年くらい休まないとその境地には達しない。そのへんの高尚な本読み()とはレベルが違う。読まなくても本を買うことはやめない。本を買うことと積むことは脳にいいので。ただ、今年は買うペースも落ちた。単純にカネがないのと、漠然とした不安があって。それも2020年の、社会変化によるものだとは、思う。

で、本題。前置きが長いよ。
今年は57冊読んでいる。3冊は再読(アゴタ・クリストフ悪童日記三部作なので画像割愛)。

 

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どれも星みっつ以上。韓国文学の盛り上がりに乗っかることもなく、中華SFブームに乗っかることもなく、(乗っかりたかった!!)淡々と積読を崩し、たまに図書館で冒険し、という感じのラインナップ。安牌を選びすぎている感じがあるので、このへんは来年に期待。どれも良かったので今年読んだ中で独自のジャンルを確立(?)し、その中でのベストを選ぶことにしました。

 

腐臭編 同率1位
カラマーゾフの兄弟ドストエフスキー

 
『慈しみの女神たち』ジョナサン・リテル 

慈しみの女神たち (上)(下)巻セット

慈しみの女神たち (上)(下)巻セット

  • メディア: セット買い
 

 あなたの本棚の中でいちばん臭い本はなんですか。
私はぶっちぎりで残雪の『黄泥街』だったのだが、『黄泥街』は生きてる人間のひりだす糞やら汗やらの臭いで、人が死に、腐る臭いでいったらこの2冊。『カラマーゾフの兄弟』は言わずもがな、ゾシマ長老がお腐りになられるシーン。カラ兄はどこを切り取ってもオタク歓喜なエピソードばかりだから臭いだけではないのだけれど、やっぱり初読でインパクトがあるのはゾシマ長老のところな気がする。新潮文庫中巻159ページ、章タイトルはズバリ「腐臭」。ここから転げるように大爆笑しつつ、貪り読んでしまった。
『慈しみの女神たち』はフランス人ナチス親衛隊将校の視点から、綿密な史実調査に基づいてWWⅡを描いた作品で、もちろん戦争なのでじゃんじゃん人が死ぬ。御存知の通り、非人道的な死に方で。ゾシマ長老の死は周りも「いやあんな聖者が死んで臭いとか言うの不謹慎だし」とざわつくし、アリョーシャなんか取り乱しまくる。そんなゾシマ長老の死とは対象的に、『慈しみの女神たち』での死は、そのほとんどが誰にも悼まれない。ただ多くの命が「処理」され、モノになっていく様子が淡々と描かれる。人の死、に対する描かれ方の重さで言ったら『慈しみの女神たち』の1人の死は0.35ゾシマくらい。だからしんどくないかといったらそんなことは全くなく、死体をどんなに燃やし尽くしても、その臭いは消えることなくどんどん精神を蝕んでいく。だから正直、この本はめっちゃ辛い。なんとか下巻の半分過ぎまで来たのに、もう苦しくて臭くて先に進めなくなっている。2020年内には読み終えたい。

 

本というのは不思議なもので、積んでいるあいだはほぼ無臭なのに、読み出すと汗くさくなったり死臭がしたりおいしそうな臭いがしたりする。ということは読めば読むほど部屋が臭くなるってことだな?!?!?望むところだ!!加齢臭もこわくない!!(こわいよ)

 

タイトル優勝編 第1位
『鳥の歌いまは絶え』ケイト・ウィルヘルム

鳥の歌いまは絶え (創元SF文庫)

鳥の歌いまは絶え (創元SF文庫)

 

 SF小説のタイトルがかっこいいことは古事記にもあるとおりだが、今年読んだ中ではこれが一番かっこいいタイトルのSF。あとがきによると、タイトルはシェイクスピアソネット集73番からの引用だそう。

美しい自然と、漂白されたディストピアの中で生きるクローンたちの年代記。世代を経るにつれ変化し、仲間たちとの「共感」能力を持ち、並列化していくクローンたち。「私」が滅していく社会の中で異分子として生きる女性と、その息子が「異分子」たる証拠として芸術に秀でている、という点もアイロニーが効いている。構成の妙もあって、素晴らしい作品だった。

 

がんばれガンベッティ君!編 第1位
『消去』トーマス・ベルンハルト

消去 【新装版】

消去 【新装版】

 

 
今年の1月にこの本を読み終わっているらしいが、約1年経ってもひたすらその読後感をクッチャクッチャ噛み締めているので、たぶん相当好きなんだと思う。ベルンハルトはこの作品が初読。今年は『アムラス』『ふちなし帽』と読んできたが、その中でもこれがぶっちぎりで最高だった。家族・故郷への呪詛を窓辺でつぶやき続けること200ページ超、ひたすら繰り返される「と私はガンベッティに言った」、かたくなに義弟を名前ではなく「ワインボトル用コルク栓製造業者」と呼び続け、田舎の人間たちの愚鈍さを憎み続ける作品。

最初から最後まで陰鬱なのに「と私はガンベッティに言った」という言葉がリズムとなって跳ねていて、どこか軽妙さがある。だから鬱屈とせずに爆笑しながら読めてしまうのかもしれない。

 

 

しかし、ベルンハルトのそのような小説が徹頭徹尾暗く重苦しいかというと、そうではない。ここにベルンハルトの文学の奇跡がある。そこには奇妙なことにまるで別世界からさしてくるかのような透明な光が満ち、妙なる音が響いているのだ。


世界を呪詛し自己を否定する独白は通奏低音のように暗く強いうなりを発しつづけるが、耳を澄ますと、その上に幾層にも積み重なった倍音が響いているのが聞こえる。
(訳者後書 p.480)

 

ガンベッティ君は結局この主人公の呪詛を延々と聞く羽目になり、相当うんざりしていただろう。ガンベッティ君を温かい風呂に入れて美味しいホットココアを差し出して、いたわってあげたい。よくがんばりました。今年読んだ本の中で一番ガンベッティ君に同情し、応援したくなったのはこの本、ということでこちらを選んだ次第。


・・・とにかく、この本の面白さは、読んでいただかないとわからないと思うので、未読の方は今すぐ買いに走ってください。

 

ちなみによだみなさんによる、よんともリストを拝見すると、来年は河出書房ベルンハルト無双!(3冊)という感じだったので、生きる理由ができてしまい、困っている。

 

憧れの女編 第1位
『昼の家、夜の家』オルガ・トカルチュク 

昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)

昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)

 

 

国境地帯の小さな町を舞台とし、様々な短いエピソードが交差する作品。土地と、そこに住む人間と、家の話。


主人公の家の近くに住む、マルタという女性が出てくる。マルタは年がら年中、ボタン穴の伸び切ったグレーのカーディガンと、その下に着古したワンピースを着ている。その服からは洗濯のあと、乾ききっていない衣服においがする。でもマルタが着ると嫌なにおいにはならない。白髪で、痩せて、乾いた手を持つ女性。ずっと年老いたままのような女性。たくさんの時代を見てきたが、多くは語らない。料理をしたり、カモミールを摘みに行ったり、かつらを作ったりする。彼女は何も知らないようで、何もかもを知っているようだ。時間を色で見分けるマルタ。もっとも美しいものはカタツムリにかじられたもの、と思うマルタ。主人公と同じように、私はマルタのようになりたい(生きたい)と思う。優しすぎることもなく、距離を詰めすぎることもなく、かといって他者との親密な時間をおろそかにするわけでもない。その手はほんのりと暖かくて、でも足先は冷たいままで。世界との境界が曖昧になってしまったような、輪郭がぼやけてしまい、見れば見るほどわからなくなるような、でもずっとそばにいてほしいような、そんな女性が私の憧れだ。でも彼女のようになるためには、何もかもを捨てなければならない気がして、勇気が出ない。

 

魅力的な女性が出てくる作品を今年もたくさん読んだが、とりわけ印象に残っているのはマルタのこと。いつか私はマルタのようになれるだろうか。もしくは、マルタのような友人ができるだろうか。

 

ということで、5冊、ご紹介しました。
来年もまた積読を崩し、また積み、良い夜を待ち続けます。

あなたにも良い夜が来ますように。