良い夜を待っている

読んだ本の感想など。最近はPodcastで配信しています。

“良い夜を待っている”

『カッコウが鳴くあの一瞬』残雪

 

大好きな残雪の短編集。残雪は『黄泥街』でめちゃくちゃにされてからずっと大好きで追っている作家の一人。『黄泥街』はずっと絶版だったのだけれど、白水Uブックスから復刊されたので残雪読んだこと無いよーって人は是非ここから入ってほしい。糞と垢を灰で捏ねて固めた棒でボコボコに殴られたあとに忽然と現れる美しい光景をその目で確かめてほしい。すんごいから。まじで。ラストを読んだときの衝撃をいまでも鮮明に覚えている。電車の中でつり革につかまりながらハードカバーを片手で支えていて、ラストの一文を読んだとき、うわーうわーうわー!なんだこれ!なんだこれは!と声に出さずに絶叫し、動揺して用もないのにキョロキョロとあたりを見回したりして、ふと目を上げると窓から差し込む光が眩しく線路沿いの住宅街を照らしていたのだった。

 

あんまり好きすぎると逆にこわくなって積んでしまったり、遠ざけてしまったりするので残雪も『黄泥街』以来、買ってはいたものの積んでいて読んでいないものばかりだったのだけれど、5月は外出自粛やらで時間もあったのでようやく手に取れた。

 

黄泥街ほどではないが、やっぱりこの短編集も臭い。しょっぱなからニンニク臭くて笑ってしまった。全体的に異臭がするし、色合いも澄んで美しい、というわけではない。よく言えばくすんでいる、悪く言えば薄汚れている。ただ、時折その薄汚さの中に、突然ぱっと鮮やかな輝きを放つ花が咲く瞬間があったり、ふと風にのって芳香が漂ってきたりするのだ。

 

残雪の小説は悪夢のようだ、とおそらく多くの人が評するのだろう。たしかにそうだ。人々の話はずっと噛み合わないし、場面の移り変わりに脈絡もあまりないように思える。意味合いを求めても意味がないというか。

 

わたしはあんまり夢々している小説は好きではなくて、というのは以前も書いたのだけれど、夢を免罪符のようにして使うものがなんとなく、いやらしく思えてしまう。「○○という夢を見た」と言われても、その時点で現実と区別されている気がして「だから何」となってしまうのだ。夢と現実は結局のところ、地続きであると思っているのでその境界線の区切り方/区切らなさが好みでないと、「あーはいはい夢乙w」となってしまう。めんどくさい好みだな。そもそも人が見た夢の話というものが好きではないのだ。

 

でも残雪の小説は、居心地が良い。焦点が合わなくても、秩序がなくても、引っかかり無く読めてしまう。気持ち悪い描写も、どんなに臭くても、居心地が悪いのに、居心地が良くて、ずっとこの言葉の波にたゆたっていたいなと思ってしまう。意味を、文脈の上を滑るような読み心地。それは残雪により綿密に織られたなめらかな言葉だから、というのもあるだろう。

 

この居心地の悪さ(良さ)を、カチッと言語化してくれているのが巻末に収録されている訳者、近藤直子先生の残雪評である。

 

 

 夢を夢にしている当のものーー夢に現れるあれやこれやではなく、あれやこれやの現れ方、あれやこれやをあのように現れ出させる場ーー夢の場。残雪の小説がわたしたちに思い出させるのはそれである。そこに書かれたあれやこれやが夢に似ているのではなく、あれやこれやの現れ方が、彼女の小説の場自体が、夢の場に似ているのである。
「残雪ー夜の語り手」p.169

 

残雪の描く表象の立ち現れ方そのものが夢の現れ方と似ている、というところでハッとした。小説の中でこれは夢です、と語っていてもいなくても(『黄泥街』では、その街の物語が夢であったと記されている)はいそれで終わり、ではない。果たして誰が見た夢なのか、本当にそれは夢なのか、定かではない書き方をしている。だから居心地が悪いし、こわくもある。
他人の夢に興味をそそられず、むしろ嫌いな方なのに、残雪の小説は大好きなのは、それが「他者の夢とは限らない」感覚に陥るからかもしれない。立ち現れ方が巧妙なせいで、読み終わったとき、ちゃんと(?)自分が「よくわからない夢を見ていた、午睡から目覚めた」のような感覚になる。
だから何度でも読みたくなるのかもしれない。

 

 

人は夢を見ながら夢を解かない。夢がわからなくなるのは目覚めたあとである。
「残雪ー夜の語り手」p.193

 

 

カッコウが鳴くあの一瞬 (白水Uブックス)

カッコウが鳴くあの一瞬 (白水Uブックス)

  • 作者:残雪
  • 発売日: 2019/05/11
  • メディア: 新書
 

 

ちなみに、白水Uブックスから復刊された『黄泥街』にも、近藤直子先生の絶版本『残雪ー夜の語り手』からの黄泥街評が収録されているので白水Uブックス版をお持ちでない方は絶対に買ってください。

 

黄泥街 (白水Uブックス)

黄泥街 (白水Uブックス)

  • 作者:残雪
  • 発売日: 2018/10/12
  • メディア: 新書