良い夜を待っている

読んだ本の感想など。最近はPodcastで配信しています。

“良い夜を待っている”

放送大学がおもしろい

 

勉強って、学問って、本当はめちゃくちゃに面白いものだってこと、多くの人は知らない気がする。朝は身体に鞭打って会社に行って働いて、帰ってご飯食べてテレビ観てちょっとインターネットしたり本読んだりしてお風呂に入って寝る。社会人になるとその繰り返し。新しいこと、つまり自分の知らないことに対しての知識欲が湧き出てきたとしても、一体どこから手を付ければいいのか、それを調べるのにも対象の範囲が広すぎてどうしたら良いか分からないし、調べる気力も体力もなかったりする。少なくとも私はそうだ。


例えば「言語学」について興味があるな、と思ったら何冊か初心者向けの新書を読み、巻末の参考文献を探して手にとったりするのがおそらく正攻法の勉強の仕方だが、そもそも「何冊か新書を読む」ってところで「どの本がいいのか」と調べたりするのがだるかったりする。知らないことを知るのはとっても楽しいことなのに、その取っ掛かりがわからなくて面倒くさくなってしまう。学問への扉を開けたいのに、扉がたくさんありすぎて、どれがどれだかわからなくて疲れてやめてしまう。でもそれって、ものすごくもったいない。


千葉雅也の『勉強の哲学』に「興味ある分野の主要キーワードを知ろう。そうすれば検索が楽になる」(大意)的なことが書いてあるのだが、まさに学問への最初の躓きが「キーワードがわからない」、つまり「どの扉を開ければいいのかわからない」「どこから手を付ければいいのかわからない」ってところなのだ。

 

私の個人的な例で言うと、「言葉ってそもそも、なに?言葉のない世界で生きてきたことなんてないし(幼児の頃の記憶はもう無い)言葉がない、ってつまりどういうこと?世界は言葉で出来ているって山尾悠子は言ってるけども?つまり???」ということで

 

「言葉を失う:失語症の例を見てみよう」
→『言葉と脳と心 失語症とは何か』を読む→ふむふむ、脳科学の分野からの視点もおもしろい!でも私が知りたいのは医学的見地ではないな
→じゃ言語学
→新書2冊くらい読む→生成文法認知言語学、社会言語学、その他いろいろ、、の中でなんとなく私が知りたいのはおそらく「言葉を通じて世界を認識する行為のしくみ」っぽい
認知言語学、か??

 

みたいな手探りで進んでいる。この手探りが、まず、すごくエネルギーがいる。

楽しいしやりたいんだけど面倒くさい。寝たい。休日は寝たい。でも知りたい気持ちが収まらない。ムカつく。おやつ食べちゃお。みたいになる。太る。良くない。

で、私がとった方法が「放送大学の学生になる」という手法。
「面倒くさい手探り部分」を第一線で研究をしている先生たちがわかりやすくまとめてくれて、キーワードまで提示してくれる。そして部分的なところだけではなくて、体系的にその分野について教えてくれる。っていうのがおそらく大学における「○○学概説」とかの講義にあたるんだろう。つまり、

もう一回大学行けば良くない?

という安直な考えで選んだ方法だったのだが、これが大正解。ということで前置きが長くなったけれど、その正解の理由を私の場合の求める前提条件を絡めて、放送大学の良さをピックアップして説明していく。 

①大学の単位取得を目的としていない学習者にやさしい

学歴が欲しい(単位取得→大学卒業したい、もしくは学びたい専門分野が決まっていて院に行きたい)人は、放送大学じゃない大学の選択肢も考えたほうが良いと思う。私はとりあえずお試しの意味も含めて放送大学の「専科履修生」を選択。1年間在籍できて、好きな科目を1種類(以上)から選べる。半年じゃ短すぎるかなと思ったので科目履修生はやめた。ちなみに入学資格はあるけれど、入学試験は無い。

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②学費はなるべく抑えたい

他大学の通信部だと、最低でも10万くらいはかかるのだが、放送大学はとにかく破格。採算取れるのか不安になるくらい破格。専科履修生+1科目のみ受講の場合は入学料9000円+授業料11000円=20000円。この20000円を払えば、科目登録した授業以外(面接授業は除く)もオンラインでいつでも視聴可能になる。ここが一番のポイント。放送大学の印刷教材は本屋やアマゾンでも買えて、一冊3000円くらい。興味あるかな〜っていう分野の授業をかたっぱしから視聴して、「良いな!もっと知りたい!」と思ったら補助テキストとして教材を買えばいいし、教材がなくても十分に学べる作りにはなっているからそんなに心配しなくてもOK。

長く学ぶなら全科で入学のほうがトータルでコスパは良くなるし、専科履修生→全科に入学し直し等の場合、継続割引などもあってありがたい。私も来年は全科で入学し直そうと思っている。

③オンデマンドで受講したい

通学は基本無理(仕事がシフト制なので決まった日にちで休みが取れない)。他大学の通信部の場合は面接授業が必須であったりするし、聴講生の場合もやっぱり日中決まった時間に開講されるから、不定休の私には難しい。放送大学はラジオ・テレビで放送されていて、もちろん入学しなくてもそれらを視聴することは可能。でもradikoのタイムフリー機能は放送大学の授業では使えないし、「録画・録音が面倒くさい」という私にはハードルが高かった。

ところが、学生種別問わず、入学すれば、学生専用のサイトでオンラインでいつでも視聴可能になる。しかも、自分が科目登録した授業以外も、大学院の授業も含めて、全て。一部著作権とかの問題で、オンラインでは視聴出来ない授業もあるみたいだが、それでもほぼ全部視聴できるのはすごい。
とにかくいろいろつまみ食いしたい私にはもってこい。院の授業がどんなもんかな〜ってのぞいてみることもできる。苦手だなと思っていた分野でもBGM感覚で聞いてみたら面白いじゃん!てこともある。


実際の画面はこんな感じ。↓

 

 

スマホタブレットだと専用アプリが必要で、その画面はこんな感じ。↓

 

 

毎日、お風呂のあとにスキンケアとマッサージをしながらラジオ講義を聞くのがもっぱらの楽しみとなっている。1講義45分くらいでちょうどいい。授業を聞いたあとに、ベッドで寝転んでテキスト教材を読む、のが復習になってより理解が深まる気がする。寝落ちしてしまうこともあるけれど、それならもう一回聞けばいいし、もう一回読めばいい。

 

オンライン授業ならそれが可能になる。インターネットがあれば、いつでも。どこでも。 

④教授陣が豪華

授業に関しては、他大学で教鞭をとる教授が授業を行っていることもあるので、意外と教授陣が豪華だったりする。いろんな大学から先生が来ているから、いい意味でごった煮な感じ。ピンチョンの翻訳で有名な佐藤良明先生もいるし、私の大好きな『アラブ、祈りとしての文学』を書いた京大の岡真理先生もいる。新進気鋭の海外文学を続々と翻訳してくれている藤井光先生もいる。

私はこの三人がいたから、放送大学を選んだっていうのもある。 

⑤印刷教材が普通に面白くて内容が濃い

放送授業と印刷教材は合わせ技だと更に面白いが、それぞれ単品でも楽しめる。楽しめるって言い方おかしいのかな?


でも学問って、楽しいものだから。普通に読み物として面白いので、入学しなくても印刷教材を試しに読んでみるのも良いと思う。参考文献が印刷教材のほうが多く掲載されていたり、ミニ課題として考え方の道標みたいなものが載っていたりもする。
先述した、まずとっかかりの「キーワード探し」で良書を探す手間がこれでかなり省ける。トンデモな方向に進んでしまうリスクをかなり減らせる。これはかなり強いし時短にもなる。教授陣が厳選した、それぞれの分野で世界的にもある程度評価されているいわゆる入門書だったり、一般書だったり、ってところから紹介してくれていたりするから質も高くて入りやすい。印刷教材は、まさに最強のブックガイド。

まとめ

放送大学は、「学びたいけどどうしたら良いかわからない」人にとって、コスパ+内容的にも最強の入り口だと思う。時間もお金も有り余っている人はともかく、社会人になると時間もないし、手当たり次第で本を読むにも限度があるから、ある程度まともな専門家にサポートしてもらいたい。というかそのサポートってのが、研究者たちの仕事でもあるから、授業はもちろんめちゃくちゃ熱い。少なくとも私が聞いている授業は熱い。先生たちは基本棒読みだけど、(言い間違いとか無いようにしているんだろうしある程度仕方ないよね、アナウンサーじゃないんだし)思わず自身の熱意がポロって出てきちゃったり、「ここね、おもしろいんだよーー!!」っていう気持ちが溢れちゃってるのがわかる。オンライン授業では一方通行だから、先生に気軽に質問出来たりするわけじゃないけど、そのへんは自分で調べたりして、なんとかなる。

 

学問の扉を開けて、その先にもたくさんの道があるわけだけど、それぞれがどういう道になってるかをわかりやすく説明してくれる、それが大学の授業の意義のひとつだと思う。


日本は学問に対してすごくハードルが高いというか、学費も高いし、年齢に対する偏見も制限もある(社会に出てから大学に入学する人がそもそも少ない/入学したくてもそういう人たちをサポートしてくれる社会じゃない)。それでも。それでも私は知らないことを知りたいし、知ってると思ってたことに新しい切り口を見出したいし視界が晴れていく快感をもっと知りたい。それをずっと続けたい。
先人の研究者たちは、先生たちは、そうやってあがいている私のような人が重たい扉を開けるのを手伝ってくれる。楽しいからおいで!って言ってくれる。このさきは茨の道だよ、って言うのももちろん含めて。みんながみんな、そうじゃないかもしれないけど、私には放送大学の先生たちは、そう見える。そうあってほしいという希望がある。

 

最近、ツイッターで紹介されていたので David Foster Wallaceの「これは水です」というスピーチを読んだ。ここで示唆されている「ものの見方を自分で選ぶ力をつける、自分の頭で考える」基礎体力みたいなものが学問なんじゃないのかなと私はぼんやり思っていて、だから分野なんて関係なく、やっぱり(便宜上この言葉しか見つけられなくてもどかしいけれど)「学び」はずっと続けたいというか、少なくとも私は続けないと、社会に圧迫されて死んでしまう。自分の心の弱さに負けてしまう。差別を押し返す強さ、多角的に物事を捉える力、他のひとたちを思いやる心。意識しないと見えないけれど、本当はめちゃくちゃに大切なもの。そういうのが無いと、水がないと、水を意識しないと、私は生きていけない。

 

だからたくさんの授業を聞く。全部が身になるわけじゃなくても。覚えられないことがたくさんあっても。最初は興味があるところから始めれば良い。どっぷり沼に浸かったって良い。そういう学びのあり方だって、あって良いし、そういうスタイルの学び方を許容してくれる懐の深い大学が、放送大学。しかも低価格で質がいい。本当にありがとうございます。将来、もっとこういう大学が増えたら良い。

 

私と同じように、「学びたいのに扉がたくさんありすぎてわからない、金も時間もない、でもやってみたい」人たちは、放送大学、かなりオススメなので、選択肢のひとつとして検討してくれたら嬉しい。

 

www.ouj.ac.jp